東京高等裁判所 昭和30年(う)1564号 判決
被告人 小宮四九 他五名
〔抄 録〕
検察官の控訴趣意第一点について。
本件行為当時の食糧管理法施行規則第三十九条は「食糧管理法又は同法に基く命令の規定による場合及び農林大臣の指定する場合を除いて、何人も米穀を政府以外の者に譲り渡してはならない」と規定し、同条にいわゆる農林大臣の指定する場合を定めた、本件当時の食糧管理法の施行に関する件九(ニ)は「農林大臣の定める販売又は消費の目的を以て政府又は販売業者から買い入れた米穀を、その者が当該目的に従い、又は農林大臣の指示に従い売り渡す場合」と指定している。原判決は本件の神奈川県餠類工業組合(略称餠組合)に対する神奈川県知事の買受指定書を以て農林大臣の委任に基く指示と解し、右指定書に「原料砕米は他の用途に流用又は転売しないこと」と記載したのみでビルマ精米については転売の禁止につき何らの記載がないことを以て、本件ビルマ米についてはその売渡を制限すべき何らの条件も附されていないものであるとして、被告人吉沢同宇田川の本件ビルマ米売渡行為及びその相手方たる被告人加藤の買受行為は食糧管理法違反罪を構成しないとしたのであるが、右は法令の解釈適用を誤つた不法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかなものと認める。
先ず、本件ビルマ米(ビルマ粳精米)が食糧管理法の対象となるものであるかどうかに付考察すると、本件ビルマ米は同法第二条所定の米穀に該当し、前記農林省告示九(ニ)にいわゆる「農林大臣の定める販売又は消費の目的を以て」政府が前記餠組合に売り渡したものである。即ち本件記録並びに当審において取り調べた証拠によれば、本件ビルマ米は昭和二八年七月二七日附二八食糧三四五八号食糧庁長官より都道府県知事宛「菓子原料米割当に関する件」と題する通達に基いて、被告人吉沢を代表者とする前示餠組合に売り渡されたものであつて、右通達並びにこれに添附された菓子製造原料用米穀の取扱要領によれば、本件ビルマ米(ビルマ粳精米)は内地糯玄米(五等)その他右通達所定の米穀と共に、知事の指定する菓子製造業者に菓子製造原料用として売却せられたものであることが明らかである。右通達によれば本件ビルマ粳精米は特定のものであるから高熱処理する菓子(例おこし、せんべい、掛物等)に限り割り当てられるべきもので、処理にあたつては水洗、再搗精の上加熱することを周知徹底せしめるよう附記されてはいるが、なお右原料はすべて食糧管理法の対象であるもので、知事は他用途に流用又は転売することのないよう十分監督指導すべきことが明記されているのである。右ビルマ米がいわゆる黄変米として農林大臣より主食として配給することが不適当と認められたとしても、これを以て直ちに本件ビルマ米が食糧管理法の適用より除外さるべきものと認むべき根拠とはならない。その他本件記録に徴するも本件ビルマ米が食糧管理法所定の米穀に該当しないと認むべき根拠はない。(昭和三十年三月二十二日東京高等裁判所判決同年五月九日大阪高等裁判所判決参照)
以上の如く本件ビルマ米は食糧管理法の適用を受ける米穀に該当するものとして、前記通達に基き、農林大臣の定めた菓子製造原料に使用する目的を以て菓子製造業者たる餠組合に売り渡されたものであるから、その目的に従つて売り渡す場合(右餠組合よりその組合員各自に前同一の菓子製造原料として消費するため売り渡す場合はこれに属するものと解する)の外は農林大臣より特に売渡の指示を受けこれに従う場合でなければ他にこれを売り渡すことは許されないものと解しなければならない。原判決は神奈川県知事が被告人吉沢を代表者とする前示餠組合に対して為した菓子製造用米穀買受人指定書(置受人とあるのは誤記たること明白である)の四項に「原料砕米は他用途に流用又は転売しないこと」とあつて、ビルマ粳精米についてはその記載がないことを理由として、本件ビルマ米についてはその売渡を制限すべき何らの条件も附されていないものとし、被告人吉沢、宇田川の右ビルマ米売渡行為は許された行為であるとするのであるが、本件のように県知事の発行した買受人指定書の附記条項に転売禁止の記載がなかつたことを以て、これを農林大臣の売渡に関する指示があつたものと同一に認めることは到底許されないものと云わねばならない。(なお右買受人としての指定に基き前記餠組合代表者吉沢始と農林省静岡食糧事務所長農林技官三田村正信との間に昭和二十八年八月十日締結された本件ビルマ米の売買契約書(昭和三〇年押第五四九号の三)第十条には買受人は売渡人が特に指示又は承認した場合の外、正当な権限に基き買受人より買い受けることができる者以外の者に転売その他の処分をしてはならない旨約定されていることを参照)或は原判決の趣旨とするところが、県知事の買受指定書にビルマ米について転売禁止の記載がないことを以て、被告人吉沢同宇田川が本件転売行為を許されたものと信じ、かく信ずるにつき過失がなかつたものとし、この点において犯罪が成立しないとする趣旨であるとすれば、原判決の判示はその表現が不十分であつて理由を尽さない憾があるのみならず、本件記録に徴するも被告人等のこの点に関する錯誤が犯意を阻却する場合に当るものとも認められない。
要するに原判決が被告人吉沢同宇田川の本件ビルマ米販売行為及び被告人加藤の右ビルマ米買受行為につき原判決説示の理由を以て無罪の言渡をしたのは失当でありこの点に関する検察官の論旨は理由がある。
(谷中 坂間 久永)